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野鳥たちにストレスを感じさせない撮影とは?

[ 記事No.6071 ]
26件のコメント
野鳥たちにストレスを感じさせない撮影とは?
https://zukan.com/jbirds/question/6050 が思わぬ結果に進展して落胆を隠せませんが、多くの人がこの趣味を楽しむにあたり、受け止めるべき重要な事柄と思い、スレを立て直します。
本来であれば、議論を熟成したいところですが、結論を急ぐ方が多そうなので一例を提示します。この場面は過去にすでに投稿されており、自分は撮影者と同じ場面に遭遇したものと考えます。2年ほど前のことです。自分の受け取るとところ「オオコノハズクの雛」としていますが、識別根拠は薄弱です。以前のカメラの不鮮明な画像で恐縮です。とある地方都市の庭園型都市公園ですが、再現性が薄いので特定される不安を持ちません。
そのとき、順路(幅2m弱)に三脚を立てたカメラマンが5人ほど被写体を狙っていました。自分はまず何事かと思い、レンズの先に何かがいることを知りました。まさか、こういう事態は想定できませんでした。これが関東近辺だったら5人などではすまないでしょう。記憶を掘り起こしても公園内の狭い順路が塞がれていたわけではありません。でも望遠レンズを載せた三脚が崖の際を走る順路に並んでいるわけですから、まさに何事か、です。で、自分のとった行動は?
もちろん三脚のスキマからへぼいコンデジで写真を撮りました。改めてカット数を調べてみると、連写なしで27枚ほど。こりゃシャッター音、聞こえてるよな。
そのとき思ったのは、
1.便乗して撮る自分…ラッキー
2.この人たちずっと何を待っているのか。コノハズクの雛が動くのを待っている?
3.それにしても彼らは逃げないなあ。無抵抗だなあ。カメラマンがいなくなるのを向こうも待っているかも。

はい、これは野鳥にストレスをかけない撮影行為でしょうか。まさか、逃げないからストレスを感じさせていない、と言うでしょうか。
また、野鳥にまったく関心のない来園者がいたとして、その場所で撮ってるカメラマンをどう思うでしょうか。
でも、撮りますよ。それが自分たちの本能ですから。問題はどこで切り上げるか、です。となりのカメラマンよりいいカットを収めたい。自分が立ち去った後に、きれいに羽ばたいたよ、なんて見せられたらどんなに悔しいか。きっと競争心も増すのでしょう。
野鳥にストレスを与えない撮影など理想論だと思います。人間の感度と野鳥のそれとでは比較になりません。最小限のストレスで撮らせていただいている。自分も最近空中静止するトビの投稿で、ガン見されている画像に「いいね!」を10コ以上いただきました。間違いなくトビは「撮るか?」と言っているように思いました。野鳥は人間のコトバを理解しませんよ。「ちょっと撮るだけ」を理解しません。
そんなこと言っても自分はスズメを飛ばすことに抵抗はありません。だってスズメたちは自分の進行方向に沿って採餌していたりします。もしも10m先に偶然見たことのない綺麗な鳥が舞い降りていて、自分に頓着しているように見えなかったらどうしますか?カメラを取り出す動作、あるいはシャッター音で飛び立ったら? 運よく飛び出しの写真が撮れたと喜ぶのではないでしょうか。そのシャッターチャンスを待つために無関係な第三者の通行に影響を与える可能性はありませんか?
ここのサイトでも明らかに目線をくれている画像や、水鳥が振り返りつつ遠ざかっている画像はわんさかあると思います。ですから、人間は自分の欲のために撮らせていただいているのだと考えています。貴重な自然環境の記録にするから、ちょっとだけ我慢して! もちろん我慢していただけないケースのほうが多いわけです。そんな世界です。鳥たちへの感謝の気持ちと反省や言い訳の気持ちを携えながら向き合っているのだと自分は思います。
3月、雪を融かすある雨の朝、ゴミを出そうと玄関のドアを開けたとき、猫の額ほどの荒れた自宅の庭に小鳥がいました。スズメと思いましたが、5m先の草先に一瞬とまりました。赤いベニマシコでした。それは無理、と思いました。家の庭に来るほど食糧事情がひっ迫しているのか、と思うしかありません。時間をおいて、再びそっと扉を開けましたが、さすがに戻ってはいませんでした。
エピソードトークが長くなりましたが、そういう考え方の人もいるという段階の話ではなく、人間は自然を破壊・改変して存在しているということです。都会の公園ほどそうした人間たちの可能な限りのエクスキューズなのだと思います。
■画像1=雛たち、■画像2=隣家の庭にいたベニマシコ(うちに来たのと同じ個体?)■画像3=3/10,7AM 新たに近所の川に登場していたオオハクチョウ2羽(過去投稿の川とは別の幅7mほどの川、周囲の施設の関係者が通勤する遊歩道沿い。明らかに彼らの場所選択のミス)
★さて、それと識別が正しくなくても写真がよければ「いいね!」がつくのは、このサイトにふさわしくないと思うのは自分だけ? あと自分の成果を評価してもらいたいと思わない人は無理に投稿しなくてもよい、とも思ってます。
画像1
画像2
画像3
しかし、このところの投稿数の増加はすごい勢いですよね。喜ばしい傾向であると同時に「図鑑」としてのキケンな状況もしばらく続くと思います。自分も新しいコミュニティに参加するときは、しばし傍観した後、雰囲気をつかんでから徐々に慣れていくように発想しますが、必ずしもそうとは思えないケースが頻発しており、その変化を嫌う人もいないとは限りません。いっぽうで、このように自発的に利用者の工夫でアクセスが増大するシステムを発想したズカンドットコムのビジネスモデルも面白いなあ、とも思ってます。最近スマホ対応広告が表示されるようになっていますしね。
繰り返しますが、たかだか鳥見を始めて2年足らずのいわゆる初心者が偉そうに長文書き込むことを嫌悪する向きもあるかもしれませんが、自分としてはたかがとある特定分野の投稿サイト(失礼)にも普遍的な波が押し寄せていることを感じ、わずか2年の観察歴・撮影歴を振り返って、[こうあるべき(だった)]論をご紹介している次第です。
**yama-g60のスレにうかつに参加すると事件に発展しかねない**
なーんて思う人もいるかもしれませんので、一人語りを継続させていただきますので、うざいと思われる方はスルーしていただいて結構です。
うざいと思われる方が100人いたら、50人はそういう考え方もあるかもな、と思っているはずという統計的な確信もあります(←意味不明?)。
・きれいな写真を撮る
・珍しい鳥の写真を撮る
・きれいで珍しい写真を撮る
・写真を投稿して自慢する、高評価を受ける
ここはそれだけの単純な目的のサイトではないようです。
・野鳥にストレスをかけない
・周囲の人間にもストレスをかけない
で、きれいで珍しい写真を撮ることはなかなかに至難の技です。自分が消費する時間を考えるともはや偶然性に依存するとしか言えないかもしれません。自身の限られた時間を有効に使うための[識別力向上]なのだと思っています。このサイトが日本の野鳥図鑑ではないところがミソですね。もしかしたらそこに気づかない参加者もいるのかもしれません。じっくり考えると、きれいで珍しい写真を撮るためには下手な鉄砲を数打つことが重要なのではなく、じっくり観察することでチャンスを逃さない、効率よく成果をあげることこそが重要だと理解するようになりました。いい写真にしようとして近づいて、野鳥に気づかれて逃げられてしまうのでは本末転倒もいいところです。
「きれいだね」だけの写真集的野鳥図鑑には個人的にトラウマがある点も手伝って、こういう価値観を持つに至ったことも書き添えておきます。具体的なエピソードに移る前の前提が長いのも駄文の典型で恐縮です。
Yama-g60さん
野鳥にストレスを与えない..
これは本当に難しいですね。
鳥から見ると外敵が道具を持って、
それをこちらに向けている...
人で言えばクマが刀持ってやってくるようなもの。
どうやっても動揺しますね。ちょっと極論過ぎたかな笑
姿を見られた時点でストレスはかかってくるので、
ゆっくり小さく動く、接近し過ぎない
向こうから寄って来てくれるの待つ。
自分はこれが最善のなのではと
このサイトに入ってから感じるようになりました。

僕自身、このサイトはあくまで図鑑なので、
自分がどんな鳥を観察できたか。
それを自分で見直す、他の方にも見てもらえる。
この2つが出来る素晴らしい場だと思います。

論点がズレていたらすいません...
あの小童がなんか言ってるわ
くらいに思っていただければ幸いです
>おとんさん
こんな理屈っぽいスレにご参加いただき感謝いたします。野鳥観察に限らず、一応留意しているつもりでも、結果は実にさまざまな方向に展開します。常に予測した通りとは限りません。自分もまずは意識してみること、からなかなか先に進めないのが実情です。
きょうの観察も「その距離で逃げ出すんかい!」と「そんなに近くまで来たらフレームからはみ出すだろ!」の両方を経験しました。特に前者は7羽の集団の近いほうから2番め、3番めの個体が自分にいちばん近い個体を放置して失礼にもそれまでの進行方向と逆方向に引き返しました(笑)。前者はよく出会っているこの時期の常連の水鳥なので、よくあること、と失笑でした。別にカメラを構えていたわけではないんですけどね。これには理由があるのですがここでは省略します。
早くもネタバレですが、
「野鳥たちにストレスを感じさせないように撮影しましょう」は理想論で、「野鳥たちの感じているストレスを思いやりながら、最小限の時間で最大の成果が上がるよう腕を磨きましょう」がこのスレ最初の主旨です。そしてそのストレス耐性が相手(種類)によって違うことを知りましょう→適切に識別してその先の行動を判断しましょう、という手順なのだと思っています。
さて続けます。しばらく続く気がします。長文ご容赦くださいませ。人間(観察者)は本質的に対野鳥で多くの場合、利己的だと思うわけです。さらにそれを助長させるのは対人間でも誤解を受けるような態度をとってしまう人間も多め、という経験をしています。カメラマンが多く集まるほどどうしてもそういった印象を持つ確率は高まります。実は個人個人1対1で接してみると決してそうとは限らないのですが、撮影に夢中になるあまりいろいろな軋轢が生まれます。
とりあえず個々のエピソードは先送りしますが、経験を積むにしたがってクオリティの高い写真を撮りたくなる当然の心理がそこにはあります。
さて以前ここに投稿されていた方で「野鳥撮影はいかに向こうより先に自分が気づくかの勝負」とおっしゃっていた方がいました。一見もっともなように思いますが、現実的にはなかなか難しいと思います。野鳥観察小屋からレンズだけ出すとか、ブラインドの中に隠れて待つとか、車でゆっくり移動しながら車内から撮影し警戒心を起こさせない、などの工夫が必要です。果たして常にそのようなシチュエーションを作れるでしょうか。
多くの方はすでにご存知のことと思いますが、野鳥が警戒心よりも食欲を優先させる瞬間が狙いめです。休息中のときよりも距離を詰めることができます。ただよく観察していると彼らは気づいていて接近を許しているだけです。群れの誰かに警戒を依存している場合もありますが。彼らがそこまで危険と思わず

「撮らせてくれている」ことに感謝すべきと思います。

ただし、問題は切り上げどきです。複数の撮影者がいると困難が増してしまうので、その表情を自分だけが独占できているのが理想だと思ってます。
なんだそんなことか、と思うかもしれません。実は適切な距離で野鳥を撮る前段階で、撮るかどうかの判断が求められます。セグロセキレイかどうかわからないからもしハクセキレイでも撮っておく。なんだか白っぽくてセキレイみたいだから撮ってみる。そういう人もいるかもしれませんが、そこにカワガラスが現れたらどっちを撮りますか?カワガラスは地味だから対象外でょうか? キセキレイだったらそっち優先。ハクセキレイだったらカワガラス優先…識別できないことには撮影チャンスを判断できません。そんな見てわかるもん迷うかよ、という人ばかりではないようです。それでは先客でハクセキレイを必死に撮っている人がいるとします。ハクセキレイなんてどこでもいるのになぜ撮るの?はあくまでその人の経験値からくる感覚です。「ハクセキレイが珍しい」をすでに通過したから今の感覚があるはずです。でもその先客がハクセキレイと識別せずに何となく撮っていて「これスズメじゃないよね?」言ったらどう返します?
昨年10月、こんなことがありました。
https://zukan.com/jbirds/leaf84997
この画像を投稿したときですが、自分は(双眼鏡で)直前アオジを見つけて「なんだアオジか」と視線を切る刹那にアオジを追うようにノゴマ♂が現れました。その場所に自分のほかに2人いたので「あ、ノゴマ!」と伝えましたが、1人とは20mほど距離があり伝わりませんでした。ノゴマ様のお出ましは時間にして10秒ありませんでした。カメラのモードを切り替えようと視線を切った時点で消えました。すぐ横の方はカワセミ専門の方で「え?いまカワセミいたから撮ってたよ」とおっしゃいました。ノゴマになんか興味なくても個人の自由でしょ?それもあるかもしれませんが、先日、そのノゴマが来ていた樹木はきれいさっぱり伐採されたので、このシーンの再現は不可能と相成りました。少なくともその場所では一期一会だったのです。それはその時点ではわかりません。
「別に鳥の名前なんか知らなくても、川べりを歩いてカモかなんかの水鳥を撮るだけで満足しているんだよ」という人には通じない話ですが、いろんな鳥に出会ってみたいという人なら避けて通れない道だと思います。自分の中で日々commonとuncommonを選別する作業。さらにrareを察知する知識。それを強力にサポートしてくれるのが本サイトだと思ってます。
残念ながら「スマホで撮ったこの鳥なーに?名前が知りたいだけ」という人の狙いとはシンクロしません。でも、このズカンの数々の投稿がきっかけになって「ホントにいろんな鳥がいるんだ。自分も実際に見てみたい」と思う人がいるなら、鳥見の底なしの魅力に引き込まれる可能性大だと思います(笑)。スズメもカラスもカワラバトも未投稿の自分ですが、ある程度の時間さえかければ地元で100種観察ラインは拍子抜けするほどにあっさりでした。そして200種への遠い道のりもよーく理解できました。珍鳥ハンターで種数を追い求めることを全否定するわけではありません。どんなポイントに出ているか、その場所のカメラマン密度にも拠ると思ってます。
↓添付画像はクロツラヘラサギ(17年3月、東京都葛西臨海公園にて撮影)
 僕は先人たちの著書の中からその答えを少しでも見いだせればと考えています。
 https://www.amazon.co.jp/野鳥を友に-高野-伸二/dp/...
 ☝はとくにおすすめの本です。

 あと、野鳥撮影に関してはカメラの技術や機材云々は、現代の道具の進歩を考えれば、「誰でも出来る」ことだと思います。
 野鳥に少しでも負荷を与えない撮影は、野鳥のことを少しでも知ろうという気持ちなのだと私は思います。
 また、私は行く観察地が限られていますので、
今の時期なら「○○がいるかもしれない?」との予想はして出かけますが、
「どこそこに何が出ている」などの情報で出かけることは皆無です。
(勿論親しいバーダーさんとの現地での情報交換は行います。)
観察地では、眼で見て、耳で聞いて、肌で周囲の状況を感じて、自然に寄り添うカタチで「綺麗だ」もしくは「撮れるかも」と感じたときにシャッターを切るだけです。
>アカヒゲさん
コメントありがとうございます。いろいろ自己矛盾をはらみつつ、なのかもしれません。結果的にそれも自分の観察歴の浅さなのかもしれませんね。
>野鳥に少しでも負荷を与えない撮影は、野鳥のことを少しでも知ろうという気持ちなのだと私は思います。
そうだとよいのですが、よい写真を撮るために被写体への負荷に配慮するとも言えるのではないでしょうか? よい写真を見せる相手がいる場合はなおさらです。極論を言うと、野鳥たちにとっての安全と、人間の側の「私欲」のバランスなのかもしれません。こうして一人語りでも公然の場で意図的に自分の思考過程を公開したいのは、リアルタイムで同時進行的にこのサイトでもいろいろな事象が発生していて、立ち止まって考えるべき問題が常にあるのだ、と認識するからです。機会があればいずれその点にも言及します。(種数カウントの問題です)
>私は行く観察地が限られていますので、
そうした諸条件も観察・撮影スタイルの形成に影響すると思います。都心の観察者が情報に群がる現象を一概に責められるものではないと考えます。

ちなみに先の発言に添付したクロツラヘラサギは葛西臨海野鳥園(江戸川区)では有名な個体のようですが(すでにこのサイトでも投稿済の個体)、このサイトへの自分の初投稿以前、旧機の20xズームfinepixで撮影したものです。その日は葛西へ初めて赴き、たしかオオジュリン、ムクドリ、ホシハジロ、コチドリの順で撮りました。後日、臨海野鳥園のブログにメジロガモ情報を見つけ比較しましたが撮影個体はやっぱりホシハジロでした。最後に人工なぎさのエリアに何となく人だかりがしているのに気づき、スズガモを撮った後、カメラマンたちの視線の先に2羽のヘラサギを発見して歓喜しました。初見でした。ただそこでなぜか直感が働き、「もしかしてもう1羽はクロツラなの?」と気づかなかったらと思うとゾッとします。出現の情報目当てに探鳥に赴くことは皆無とはいいませんが、予期しない出会いが自分としてはこの趣味のいちばんの醍醐味だとさえ思います。ただキャリアを重ねるにつれ、予期できる範囲が広がるものなので、代替の何かを求めてその観察スタイル、撮影スタイルが変貌するのだと思っています。
(意見は人それぞれ、互いに干渉しないという見解が気楽ですが、それでも続けますm(_ _)m 運営スタッフの方の寛大な見守りに感謝いたします
さて野鳥観察・野鳥撮影の機会には個人差があると思いますし、知識の蓄積も人それぞれと思います。ただ言えるのは練習は裏切らないとでもいうか、記録と記憶を繰り返していくとその質は間違いなくその次につながります。自分も決して几帳面な性格ではありませんが、それなりに撮れた画像は保存用に加工し、日付をファイル名に含めておきます。これが撮影を伴う観察の利点だと思います。撮影なしに観察だけをノートつけるのはハードルがなかなか高い。
自分は「観察会」に参加したことはないのですが、観察会は撮影会ではないので留意ください、となるそうです。観察会のメリットは熟練者が先に見つけて識別してくれる点ですが、自分のペースで観察できない可能性もあり、見つけてもらって「なるほどそうなのか」と思うほうが、上達のスピードは緩やかだと思います。自らの五感を総合して探鳥するほうが失敗も多い代わり、発見・理解したときの喜びもひとしおです。そしてその成功体験が印象深く糧になるというわけです。結局はいつ、どこで、どんなシチュエーションでどんな鳥に出会えたかを記録することになれば、まさに自分のものにできます。
https://zukan.com/jbirds/question/6050 で紹介した近所のカワセミ好きのカメラマン、たまたま出会って情報交換を試みて「昨日はこんなの見ましたよ」と伝えると「あなたみたいにいろいろ知らないから」と返ってきます。ブログをやっていても[多くを望む欲]こそ個人差が潜む部分ですので、感想が分かれるところでしょう。そんな彼もレンジャクたちを追っかけていたりします。ですから、その方のテーマは「きれいな鳥の撮影」であって、種数目的の出会い、ではないことがわかります。この部分に共感される方も多いのでは?と推測します。こうなると色数が多ければ「きれい」なのかという論議になります。個々の美意識の問題になってきます。当然ながら、野鳥には羽衣の整った美形の個体もいれば、どうしてかブサイクな個体もいますし、緊張と弛緩で体形にも差が出てきます。そこで野鳥たちが見せてくれるさまざまな表情に魅かれていくということも言えると思います。
ざっくり言えば発見力=識別力の向上がその先の満足に直結していると感じます。撮影画像はそうした体験の記憶をコレクションしたもののように思います。
↓採餌中のアトリのとなりに不意に飛び出して自分で驚いているヤマガラ(函館山にて17.11.10撮影)
自分の考えをまとめるのにスレッドを私物化していて誠に恐縮です。徐々に自分の嗜好が明確になってきます。確かに性急な部分もあるかもしれません。欲張りなので効率の高さを求める傾向が顕著ですね。ひと言で言ってしまえば、識別力向上は撮影時における野鳥たちのストレス軽減につながるし、ひいては自己満足にもつながると思うわけです。
さて、いろいろな野鳥を観察・撮影してみたいと希望するなら、遭遇機会の多い種からクリアしていくのが常道でしょう。このサイトの投稿画像のページの左上に表示されている分類ツリー、
(例)陸鳥/野山にいる/スズメ目/ホオジロ科/ホオジロ属/ミヤマホオジロ
を種名からひと段階ずつ遡っていくと、そのカテゴリーに登録されているデータ数が表示されます。
自分がよく閲覧している日本野鳥の会のサイト「Birdfan」にもギャラリーがあり、左側のメニューバーに分類が表示されます。投稿の多い鳥→遭遇機会の多い鳥が一目瞭然です。スルーしがちなごくごくありふれたスズメやカラスを除いて人気のある鳥と出会いが起こりがちな地域がわかります。もちろん「写真に残したい」バイアスも含んでいますが、一般的な出会いの頻度を知っておくと、思わぬ出会いで感動するインパクトも変わってくると思います。そして分類ツリーを理解することで大まかにですが形態や生態が似た野鳥も認識できるようになるわけです。
四季の豊かな日本では、ほとんどの野鳥は季節のサイクルに支配されて生息しており、1年のスパンを意識する必要がありますから、観察者はある程度の想定を持って野鳥たちに接することが可能です。
ときに基礎技術は不十分でも、最高峰を目指したいという方もいらっしゃるようですが、意見が分かれるところで、自分としては運よく最高峰に出会えたときの自分の準備不足がいちばん痛い、と捉えています。ですからこれからカメラを始めようとする方、野鳥を撮りたいという方は超望遠タイプのコンデジからスタートするのが最適でしょう。撮影技術よりも野鳥と接する技術の比重が高いと思うからです。逆に機材的にすでにステージアップしてしまった人は自分のスタイルを確立させていき、初心者の撮影・観察行動とは異なる道を進むのだと思います。よって、本サイトに近づかない、もしくは卒業してしまうケースも多いのかもしれません。個人的には入門者に優しいサイトとして、嗜好の異なる利用者がある程度の妥協を持って支え合うカタチが理想なのかも?と思います。ということは自然同様、嗜好の違いを踏まえて共存することができれば素敵だと思ってます。
いろいろ考えさせられるのが重要ではないでしょうか。
すでにもう別の「嗜好」の不思議に関心が移りましたので(笑)、このスレの自己レスは終了したいと思います。駄文失礼いたしました。
↓画像は当初の機材、手のひらコンデジ20Xズームfuji-finepixで撮影したタゲリ(15年12月、鹿児島県出水市)にて撮影。精一杯ですがちょっと悲しい撮影画像です。実はこの鳥をどこかでしっかり撮り直すのが自分の中長期的な目標です。
yama-g60 さん、長いっス!
行きがかり上何度か読もうとトライを試みましたが、残業と花粉症でショボショボの目では太刀打ちできませんでした。(笑)
いつか、読んで、コメントさせて頂くことがあるかもしれませんが、当座、沈黙失礼します。(’◇’)
偉そうなことを言って、自分も同類なんじゃないの?
とわが身を振り返ることが基本形だと思ってます。
それでも結局正すことはできないのかもしれません。

野鳥を撮るようになって、無関心の罪を強く感じるようになりました…。
有り難うございます。この長さなら返事をする気になります。

例えば、街頭演説をしてる人がいたとして、その人の前を素通りする人々を、問題意識が低い!と批判することはナンセンスだと思います。
おっとトリビオさん、微妙なコメント…(笑)。
素通りにも内実はいろいろあるわけです。

簡潔なコメントは誤解をまねく。さりとて長々しい文章はうっとうしい。困ったもんです。
そうですよねぇ。
長いだけならともかく、難解なことが分かっていると、開きもしませんよね。
しかし、それを、開かない側の問題とされるのは、ちょっとどうかなと思います。
まして、そういう議題を避けているとして批判されるのは迷惑です。
yama-g60さん、私はこういった議題を避けているわけではないです。興味をもって拝見はさせていただいています。
しかし、運営スタッフであるMisodaさんが多すぎる投稿やコメントに追いついていない今は次々と新たな議題を出したりコメント数を増やすべきではないと考え、解決しなければいけない大きな問題にはコメントしますがそれもできるだけ簡潔に済まそうと努力しています。
yama-g60 さんが投げかける問題については、
mabeさんのおっしゃる通りだと思います。
確かにここが、野鳥写真掲示板化していくことは決して良いことではないと思います。
ただ、より多くの投稿があることは、図鑑全体としてはプラスになることもあるのではないでしょうか?図鑑のガイドラインに抵触するものでなければ、目くじらを立てないほうが、野鳥に関心を持つ人が増えていくように私は思います。
皆さま、うかつに
https://zukan.com/jbirds/question/6401 と連動させてトピ位置を動かしてしまい、心配およびご迷惑をおかけしたことをまずはお詫びいたします。
そもそもこの話題はコメントしづらい内容は承知で、ひとり語りを前提で始めてしまったため、中には「あぁ面倒くさ」と思われた方も多かったのではないかと思います。

端的に言えば、
「人間は野鳥に撮影させてもらっている」=(感謝)
「でもついつい欲が出て野鳥に迷惑をかけている」=(自己本位)
「人が集まるほどに引くに引けなくなる」=(競争意識)

この3点につきます。

2018.03.12 16:52の自コメントでも触れています。

また識別力・撮影力を上げることで無駄な撮影が減る、とも伝えたかったわけでした。ですから異論があっても気になりませんし、誰もが最初のうちは「やみくもに」行動するものと思います。

トリビオさんの
>そういう議題を避けているとして批判されるのは迷惑です。

mabeさんの
>私はこういった議題を避けているわけではないです

はその主旨がうまく伝わらなかったものと思っています。

アカヒゲさんの
>目くじらを立てないほうが、

も当たっていません。なぜなら、このトピはこのサイトの「投稿写真」に対してコメントしているわけではなく、初心者脱出へのひとつのヒントになりはしないか?という思いから起こしたものだからです。

ただし、自分が他のトピにコメントした内容がこのトピと連動しており、他者の行動に異を唱えているように受け取られたのだと思います。

いっぽう https://zukan.com/jbirds/question/6401 は冒頭でアカヒゲさんが、
【これを読んで、どう感じるか】とありますので、どれだけ多くの発言が集まるかに注目し、わざわざ20人は集まらないなどと意図的に煽ってしまいました。

トピに参加して具体的に自らの意見を述べたのは結局6名でしたが、47時間で計26コメントを集め、かなり縦長になってしまいました。矛盾を感じたので、自分もつい蛇足を加えてしまいました。

このトピに参加された方が「この手の話題を避けているわけではない」と主張されるのはごくごく当然のことでしょう。

論点が「程度問題」となると線引きは不可能です。肯定もしないが否定もしない、がオトナの落としどころとなります。ですからMisodaさんの

「この図鑑ガイド」に記した方針が【ここの】ルール

は簡潔かつ明瞭です。

繰り返しますが、自分が
https://zukan.com/jbirds/question/6401 と関連づけたのが軽率だったということにつきます。

表題の【野鳥たちにストレスを感じさせない撮影とは? 】について
継続して考えていきましょう、と単純にそういうことです。
私の今朝のコメントに補足ですが、yama-g60さんのコメントにある
>野鳥を撮るようになって、無関心の罪を強く感じるようになりました…。
というのは「無関心(この議論に加わらない)=罪」と解釈し、批判されたように思いましたので私がコメントを控えている理由を述べました。
「無関心の罪を強く感じる」の解釈が違っていたのならごめんなさい。

それと、これらの問題を議論するなら運営スタッフであるMisodaさんが追い付いてからのほうがいいのでは?とも思っています。
他の方々の投稿については、図鑑ガイドにも「雌雄の差や幼鳥、夏冬の羽の差など
を網羅していきます。そのためには、多くの写真が必要です」とありますので当然
たくさんの投稿が図鑑にとってプラスになることと思います。
mabeさん、ネット上の文章だけの情報量だと誤解はつきものだとわかっています。

>野鳥を撮るようになって、無関心の罪を強く感じるようになりました…。

このフレーズの対象はあくまで一般的な話で、きっかけは河川改修による環境破壊に耳を貸す気のない北海道と、説得できる客観的観察資料を持たない観察者や、稀有な渡り鳥が登場する可能性のある貴重な自然に全く関心のない多くの市民を指しています。 さらには、同じ場所に滞在しているカメラマンでも他者が何を撮ろうしているか気にしないような人も含みます。

大切なのはその場所をしっかり観察すること、それをまとめる方向に関心を持つべき、という背景を短いフレーズで象徴させてしまったためのコトバ足らずでした。
https://zukan.com/jbirds/question/6401 の進行とシンクロしていますから、広い意味には取りませんよね。

>これらの問題を議論するなら運営スタッフであるMisodaさんが追い付いてから
このズカンとして外部への働きかけを始めるなら別ですが、ズカンそのものの方針はMisodaさんの定めるところでかまわないと思っています。

本心ではこうした「観察スタンス」とは別に、このサイトを大きくするための障害は何だろうか?という方向に関心があったりします。その意味でも自由闊達に問題提起がされるべきで、たとえ未消化でも将来につながると思うのです。

>「雌雄の差や幼鳥、夏冬の羽の差など を網羅していきます。そのためには、多くの写真が必要です」
当然この方針も尊重ですが、最近も自分のコメントにきっぱり「わかりません」と答えた方がいらっしゃいました。自分だったら「なるほどそうかもしれませんね」と返すところです。
自分で識別できるものはする、できないところは他の参加者に意見を聞く…こうした姿勢を「堅苦しい」と言ってしまえば、そこまでの話でしょう。
最初のうちは投稿したら誰かがケアしてくれる…でも、徐々にガイドラインを理解していくのが理想だと思いますが、現状投稿数が急激なのも含め、他者のやりとりに無関心の投稿者がかなり多いということです。
うーん、文章にするときつい表現になってしまいますね…。
おっと、このトピはそのテーマではなくて、野鳥を撮る側の人間の心理について考察しているわけなのでした。
一応
【Misodaさんに了解いただいた運営スタッフの一人として申し上げます。】

無関心な人は無関心でもイイじゃないですか。
画像を投稿したらそれっきり、でもイイじゃないですか。
単に野鳥の名前が知りたいだけでもイイじゃないですか。
このサイトは全国各地の野鳥に関心のある方が集うサイトなのですから。

また
”野鳥を撮る側の人間の心理について考察”
しているのでしたら、地元野鳥の会の方々や同じフィールドで鳥見を楽しんでいる方々と議論を深めるほうが有意義だと思います。
yama -g60さんへ、
興味深く拝見しています。長文の方がその人の人となりや考え方が少しでもわかり、個人的にはよいと思います。ただ、長文のため揚げ足をとられることがあるかもしれませんので要注意です。例えば、

#うざいと思われる方が100人いたらーーーー

サシミの法則というものがありまして、30%は自分に賛成、30%は自分に反対、40%はどっち付かず、という法則です。そして、この40%のどれだけを自分に賛成させるかで結果は大きく変わります。ここに投稿している人は多分、どちらかの30%であって、40%の人は投稿しないで静観しているのではないでしょうか。
私、個人的には賛成の30%ですが、いろんな人がいることも知っていて損はないと思います。

#観察会に参加したことはないのですがーーー

今後も参加しまい、というニュアンスに感じましたが個人的にはもったいないと思います。私は鳥見をはじめてまだ半年足らずですが、何度か日本野鳥の会主催の探鳥会に参加しています。リーダーのそばにいていち早く見つけられ、また、質問すればオス、メスの識別や生態も教えてもらえます。そのため、このサイトに余分な質問をすることが減りました。ただ、同じ場所の探鳥会には2度行ったことはありません。観察のポイントを教わったら後は自分で探すのが、やはり醍醐味だと思います。

健康で長生きするためには、世の中には様々な人がいて様々な考え方があることを悟り、今ある状況のなかで声高に言うだけでなく、じゃあ自分はどうすべきかを沈思黙考するのもよいのではないかと最近ようやく気づきました。
これからもどんどん意見を交わしましょうね。大変楽しいときを過ごさせていただきありがとうございます。
nasuさん、コメントありがとうございます。
自分の間の悪さから、急にコメントが増えてしまいました。広い意味で皆さんの限界を超えてしまったのかもしれません。

>今後も参加しまい、というニュアンスに感じましたが
この件も経緯があるのですが、地元の観察会に期待していない、というか、月イチの観察予定地と鳥合わせ結果、アクセス難易度を見切ってすでに近隣はひとりで探訪してしまったことにあります。あとは観察会モードの野鳥の会スタッフと、参加人数のアンバランス(少数の固定メンバー)は自分に向かないなァと(笑)

結局は自分は感情的な人間なのですが、ネット上のコミュニケーションでいままで数々の経験をしてきましたので、冷静さを保つ重要性は承知しています。

いちおうこのトピはフリートークのコーナーにひとり言的に書き進めてしまいましたので、運営議論は実はこっちのトピだったんです↓
https://zukan.com/jbirds/question/6355
・無関心を装う
・無関心でイイ
・無関心なわけではない
これらは大いにグレーで決めつけられませんが、発言が多くてついていけず、結果的に無関心なのと同じ状態になることに対して、なかなか有効な対応はないかな、と思ってます。
もちろん待つ場合は待つ、必要な反応は可能な限り早く。違うテンポを意識したいなあと思いました。
nasu さん、揚げ足とりだと言われてしまいそうですが、nasu さんがおっしゃる賛成/反対は何に対してでしょうか?
僕は、yama-g60 さんと物事へのアプローチが異なりますが、それは「野鳥たちにストレスを感じさせない撮影とは?」というこのスレの題目とは別の話です。yama-g60 さんのように積極的に関わろうとしない=鳥や環境への意識が低い、というように一括りにされることを嫌っているだけです。
あと、僕は、物事の是非とは別に、思想がどちらかに極端に偏ることを窮屈に感じます。そのため、そのように感じたときは、あえてリバランスするための書きこみをします。
トリビオさんへ、

>賛成/反対は何に対してでしょうか?

私の意図するところは、一般論として「全てに対して」を意味するつもりで書きました。組織販売の鉄則にサシミ(3・4・3)の法則というのがあります。野鳥に関して言うと、3割の人はマナーを心がけ、自然環境を保護すべきと積極的に考えています。一方、3割の人はマナーも自然環境も関係なく、自分さえ良ければいい、と考えています。そして残りの4割の人は野鳥や観察マナー、環境保護に関して、無関心か、自分には関係ない世界だからどっちでもいいや、と考えています。このままでは賛成/反対(或いは、積極的/消極的、肯定的/否定的などなど)が拮抗し、現状維持が精一杯です(企業に例えれば、売り上げが伸びず、会社の成長もないという状況)。重要なのは、無関心の4割の人がいつ、反対側、相手側に移行するかわからない点です。そこで、この4割をどれだけ自分たちの3割グループに引き込むか、が勝負の分かれ目になります。私が言いたかったのは、「鳥や環境への意識が高いのにもかかわらず、積極的に関わろうとしない」のはもったいない、ということです。人間、1人ではできることに限界があります。むしろ、出来ることの方が少ないでしょう。しかしながら、十人十色、それぞれの人がそれぞれの考え方を持っていることも事実です。私のスタイルは、人の振り見て我が振り直せ、です。そのため、人の特に悪い点を見るためにいろんな場所に出かけますし、サイトに投稿もします。
長々と述べましたが、以上で私の意図するところがご理解いただければ嬉しく思います。
nasu さん、お返事有り難うございます。
nasu さんや yama-g60 さんが並べられる正論に対して異を唱えるつもりはありませんが、その啓蒙の手法において私が与することはないと思います。でもそれは nasu さんがおっしゃる残り 40% とも違います。
トリビオさんへ、
yama -g60さんはともかく、私が正論を述べているとは思いませんが、前述の通り十人十色です。与するか、与しないかはトリビオさんが決めることであって、全く私の関知するところではありません。しかしながら、トリビオさんが、私の一般論的広義のこちら側30%に属しており、残り40%とは全く違うことは誰がみても明白であります。このサイトに投稿している時点でそうなっています。なので、与し方が違えど、各々がたった1人をこちら側の30%に引き込むことができれば30%が60%になります。そのような理想論を述べました。
様々なご意見をありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。
nasu さん、不毛なのでもう止めますが、僕は、ステレオタイプな考え方を押しつけるのも押しつけられるのも嫌いです。やたらと正義を振りかざす人を見ると滑稽に感じますし、ともすると、この人は心に何かやましいことでもあるんじゃないか(そのカモフラージュなんじゃないか)と疑ってしまいます。
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